大航海時代 弁当屋収支報告書
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Vガンダム
名作だよなあ…


※当時夕方の時間帯での放送でした。




いえね…冬が来ると訳もなく悲しくなりません?



あと、ファラが宇宙漂流刑になるシーンとか好きです。
うごくせきぞう
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長崎北にて。




あとあんまり関係ないですけど、ゴージャスなドット絵でおなじみの勇なまシリーズ最新作、「勇者のくせになまいきだ:3D」が3月11日発売。
http://www.jp.playstation.com/scej/title/3d/
相変わらず音楽が素敵です。


過去作参考動画。
大理石像
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アテネ⇔サロニカで大理石積み込み。

ブルネイで木材。大理石像作成。

長崎持ち込み。


100208_2.jpg

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石像と比べるとこんな感じ。
工芸上げも兼ねてるのであれですけど、手間の割に、、といった感じですね。
最初の種子島銃
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ヒャッホウ!
ということで、工芸上げも兼ねつつ南蛮貿易やってます。


で、南蛮貿易の目玉の一つ、種子島銃のお話です。
誰がいつ鉄砲を日本に伝えたかは諸説あるようですが、メンデス・ピントというポルトガル人の書いた、「東洋遍歴記」という本にその顛末とされるお話が書かれています。
以下要約と引用。

ジャカルタを出港したピント一行は色々あって遭難、種子島にたどり着く。そこで種子島領主のナウタキン(種子島時尭?)に保護され歓迎を受ける。そんな折、

私たち三人のうちの一人で、ディオゴ・ゼイモトというものは、持っていた鉄砲を時々発射しては暇つぶしをしていた。鉄砲撃ちを大変好み、また大変に上手でもあったのである。そして、あらゆる種類の鳥が無数にいる沼に、ある日たまたま行き、そこで二十六羽の鴨を仕留めた。


これにナウタキンは感動、

それをこの上なく貴重な品物として受入れ、シナの全財宝よりもずっと大切にすると言い、そのお礼として銀千タエル(※)を贈り、火薬の作り方を教えてくれと熱心に乞うた。

※計算すると銀186kgぐらいになるっぽい。

ナウタキンは鉄砲の製造を開始、五ヵ月半後には600挺以上の鉄砲が完成。その後製造方法は種子島外にも伝わり、1556年には、

信頼し得る立派な人である数人の商人が言い、また多くの言葉をもって断言したことには、日本全土で三十万挺以上の鉄砲があり、彼らだけでも、六度にわたって二万五千挺の鉄砲を交易品として琉球人のもとに持って行ったということである。




ということで、暇つぶしがきっかけで伝わった鉄砲が、10数年後には30万挺に増殖したということらしいです。
しっかり交易品にもなってたんですねえ、ヨーロッパまで行ってたかどうかまでは知りませんけど。



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